2009年11月13日金曜日

「海辺のカフカ」

 村上春樹著「海辺のカフカ」(上・下 新潮文庫)を読む。フィクションを読むのは実に久しぶりだったにもかかわらずすぐに物語に引き込まれた。
高校の頃に「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」の三部作に出会い、「中国行きのスロウボート」、「蛍・納屋を焼く・その他の短編」、「パン屋再襲撃」等々と読み進み、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」で私の村上春樹熱は最高潮に達したものの、「ノルウェイの森」で世の中が春樹ブームに沸くようになると一転、天の邪鬼な私はぱったりと村上作品を読まなくなった。
 とはいえ、村上作品に不満があったわけではないのでやはりそれとなく気になる。そうこうするうちに村上春樹はブームではなく、力量のある作家としての地位を確かなものにしてきた。
 という面倒な経緯を経て今回、「海辺のカフカ」を読むに至ったわけである。
「海辺のカフカ」では二つの異なる物語が同時進行する。家を飛び出し特に目的があるわけでもなく四国は高松市に流れ着いた15歳の少年「田村カフカ」。少年期の事故がきっかけでそれまでの記憶と(文字すら読めなくなってしまった)、ものを学ぶ能力を失い家具職人として細々と生きてきた老人ナカタさん。二人を主人公とする二つの物語は当然、四国は高松の地に収斂してゆく。
 しかし、私が物語の中でもっとも感情移入できたのはカフカ少年でもナカタさんでもなく、ナカタさんの旅を助けるうちに仕事を放り出してナカタさんに入れ込むに至ったトラック運転手のホシノ青年である。ものごとを深く考えることにも音楽にも文学にも全く興味がなかったホシノ青年がナカタさんとともに旅するうちに様々なきっかけから物事を深く考えるようになり、良い音楽、良い文学に目覚めてゆく。このこと自体は物語のメインストリームとは全く関係ないことではあるものの、読んでいて共感することができた。
これは、15歳にしては妙に賢く、できすぎたカフカ少年よりも私がホシノ青年に近いせいかもしれない。
 万人におすすめできる作品というわけではないものの、村上春樹ってやっぱり面白いと再認識できたし、これまでに読んできた村上作品の中でも結構上位に食い込んできた本作はやはりおすすめである。

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