2009年11月28日土曜日

再起を期す

 今年最後のラウンドになるであろう「年忘れ親睦会」が12/13に行われることになった。場所は因縁の「山陽グリーン」。ここは11月はじめに開発センターの親睦ゴルフ大会で回って散々な目に会ったところである。料金は安く、コースも美しく、場所自体に問題はない。全て自分のせいなのだ。
 当日、午前中の9ホールも決してよい出来ではなかったが、問題は午後の9ホール。この日、三組で回ったが、我々の組が先頭だった。同組のメンバーはもちろん、他の組の人々も皆ティーショットを見に来る。そんな極度の緊張の中での第1打。あらゆる悪癖の中でも最も私を苦しめてきたヘッドアップがここで出た。打ったボールは強烈に右旋回し、OB。何も障害物がなかったらそのまま旋回し続けてもとのティーグラウンドに戻ってくるのでは、と思わせるほどの曲がり具合だった。あとはウッドもアイアンもアプローチも無茶苦茶。
あがってみれば過去三回のラウンドで最悪の148をたたいていた。
 このように因縁深き山陽グリーンではあるが、悪かっただけに収穫も多かった。いろいろスイングに問題はあるが、まずはこのヘッドアップの悪癖を何とかしないと幸せなゴルフライフはあり得ないと言うことを痛いほど感じた。また、スキルに直結することではないが、普段開発センターで顔を合わせつつも部署が違うと言うことで殆ど話をしたことのない人々と親しくなることが出来た。これは大きな収穫である。

 ま、そんな課題を感じつつ日々練習に励んできたが、今日は久しぶりに自分のスイングを動画で撮ってみた。場所はいつもの岡垣ゴルフパーク。今までも何度か動画を撮ったことはあったがそれを見返してなにやら練習の糧にするということはほとんどなかった。今まではボールが飛んだか飛ばなかったか、曲がったか曲がらなかったか、だけが全てでフォームなど気にしたこともなかった。動画を撮ったのも何となくためになるかも、という程度だった。今回は飛球線後方からと、構えたときの正面から、5~6球打つところを流して撮る。クラブもアイアン、ウッド、ドライバーと撮った。
 いやぁ、「百聞は一見に如かず」とはこのことである。自分のスイングをじっくり見た第一印象は、「なんだかひどくぎこちないなぁ…。」自分がイメージしていたスイングからはほど遠く、もちろんテレビやDVDで見るプロのスイングには遙かに遠く及ばない。「う~ん……。」とうなってから気を取り直し、今一度、悪いところを詳細に見ていく。
①フェアウェーウッド
今日は5番を中心に打ってみた。スイング全体がぎこちないのは前述の通りだが、気になったのは2点。
・ダウンスイング→インパクト→フォロー の過程で右肘が伸びていない。
・ダウンスイング→インパクト→フォロー の過程で体重が左股関節に乗り切っていない。
ただ、ウッドはまだマシな方である。
②ドライバー
460ccのデカヘッドのクラブに替えて初の本格練習。クラブの事はさておき、スイングについてはウッドとほぼ同様の欠点が目に付いた。加えて、
・体を捻転させようとするあまり、トップでやや右膝が伸びることがあった。
③アイアン
今日は9番と7番を打つ。ウッドよりも顕著に出ている欠点は以下の2点。
・インパクトで体重が右足に多く残っている。
・フィニッシュでも体重が幾分右足に残っている。

体重移動に関しては、内藤雄二プロによると、
・アイアンではトップで右足に乗せた体重をインパクト以降、速やかに左足に移す。
・ウッドでは右足から左足への体重移動はアイアンほど急激には行わない。
とのこと。体重移動が上手くできない初心者のうちは、アイアンは上手く打てなくてもウッドはなぜかそれなりに打てたりすることがままあるとのこと。私がまさにそれかもしれない。

自分のスイングを見て、ここはいいかも!、と思った点もいくつかあった。
・テークバックでは、自分で思っていた以上に左肘がのびた状態で体が捻転出来ている。もうこれ以上、ムリにねじる必要はない。
・最悪の癖だったヘッドアップがだいぶ治まっている。インパクト後もヘッドが膝の高さを通過するくらいまではボールがあった位置に視線が残っている。この部分だけ静止画像で切り出したらちょっとカッコイイかも、とか思ったりした。
・ドライバーで無茶振りしなくなった。頑強なスライス癖も少し治まった。(その代わり、今までなかった左への引っかけが何回かあったけど。)

 体重移動がうまくいっていないこと、フォローで右肘が伸びていないこと、などなどはいずれもまだボールの行方が気になるあまり、スイングがおろそかになっているためと分析した。対策は、フォームの正しさに重点を置いた素振りを繰り返すこと。ボールを目の前にしてフォームの正しさを忘れるようではまだまだ。「夜間、ホテルの部屋で鏡を前にして行った素振りが最も効果的な練習だった。」とは名手 ベン・ホーガンの言葉である。もう一度初心に帰って、「イヤ!」と言うほど素振りをしなくては。
ラウンド中の極度の緊張状態では、頭で考えてスイングすることなどまず出来ない。頼れるのは体が覚えたスイングのみ。頭がパニックになっても体が自律的に動くほどに刻み込む必要がある。

 早送りにしたり、スローにしたり、コマ送りにしたり、いろいろやりながら自分のスイングをチャックするのって、意外と楽しい。客観的に現状(自分のスイングの善し悪し)を把握し、効果的と思われる対策を立案し、アイデアを実行に移す。そしてその結果を更に分析する…。こういった手順は普段会社で行っている研究開発の手順と何ら異なるところはないなぁと思ったりもした。

2009年11月17日火曜日

カッコばっかり気にするゴルフ

 「カッコばっかり気にしてたら上手にならん。」と、父をはじめとする先輩ゴルファーに何度も言われた。確かに、「スタンスは肩幅、両腕は真下に自然に垂らした位置に、グリップはややストロング気味に、テークバックはシャフトプレーンを外れないように......」とやっていてはいつまで経ってもボールは前に飛ばない。
しかし、何も考えずにボールを打つということがどうしてもできない。理論で頭をいっぱいにしてばかりではいけないとは確かに思うが、ボールを打ったら打ったで、なぜ上手く打てたのか、なぜトップをたたいたのか、なぜダフったのか、なぜ思い切り振ったにもかかわらずボールは元の位置にあるのか、結果の如何によらず原因について考え、因果関係をはっきりさせないと気が済まない。
私にとっては何事か考えながら、工夫しながら、上手なヒトのフォームを参考にしながら、試行錯誤するのが楽しいのである。考えないくらいならゴルフやめる。
 そんな私の最近のブームは、「ボールの行方は気にしない!やっぱ、カッコよくなくっちゃ!」で、もっぱらかっこよさを追求する練習をしている。練習といっても、カッコしか気にしないのでボールはいらない。素振りで充分。朝、早々と出勤し、何はともあれタイムカードを切り、着替えたらメールチェックもそこそこに外で素振りである。昼休みも日課の散歩を済ませて残る時間はひたすら素振り。素振りにおいて気にするのは、一つにはヘッドアップの悪い癖があるので、ボールがあるであろう位置から目を離さないこと。もう一つは、アドレスからトップ、フィニッシュまで、いかにかっこよくキメるか。「カッコよさ」の基準は当然、プロのスイング。お気に入りは私が崇拝している内藤雄士プロ、アメリカPGAツアーで活躍する今田竜二プロ、それと女子の全美貞プロ。中でも全プロのスイングは全くリキみがなく、お気に入りである。これらのお手本映像を繰り返し見てカッコイイスイングを脳裏に焼き付ける。この「カッコよさ優先素振り」を初めて数週間、打ちっ放しでの調子も徐々に上向きつつある。意識が、「ボールを打つこと最優先」から、「"ボールを打つ"ということは一連のスイングの中の一瞬にすぎない」に変わってきたからではないかと考えている。

2009年11月15日日曜日

知的財産管理技能検定 2級試験

 九州大学 箱崎キャンパスにて 知的財産管理技能検定(2級)を受験。このような試験を受験するたびに感じるのであるが、自分以外の人たちが自分より遙かに賢そうに見える。
まあ、それはさておき、試験の方は2級ともなるとさすがに難しい。事前にできるだけの準備はしたつもりなのでこの期に及んで後悔などはないが、予想以上の難問に頭を抱える。
まず学科試験が終了。手応えがあったのかなかったのか、自分でも判然としない。
次に実技試験。今回から筆記試験の形式になる。全40問の内、30問あまりについては従来のマークシート方式とあまり変わらない。マークシートを塗りつぶす代わりに選択肢の記号を解答用紙に書き込むだけである。のこる数問は答えを選択肢から選んで解答用紙に記入してゆく。
はじめは右詰で書いていて「書きにくいなぁ」と思っていたが、問題用紙の注意事項をよく読むと、左詰で記入すること、とちゃんと書いてあった。あぶない、あぶない。
実技試験もとりあえず終了。問題自体の難易度が上がったわけではないが、形式が変わったことで気疲れした。
結果発表は来年、1月18日。合否のほどはともかくとして、とりあえず終わった。もう、しばらくは知材の勉強をしなくてよいというのが素直にうれしい(自分で課したノルマではあるが)。

2009年11月13日金曜日

「海辺のカフカ」

 村上春樹著「海辺のカフカ」(上・下 新潮文庫)を読む。フィクションを読むのは実に久しぶりだったにもかかわらずすぐに物語に引き込まれた。
高校の頃に「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」の三部作に出会い、「中国行きのスロウボート」、「蛍・納屋を焼く・その他の短編」、「パン屋再襲撃」等々と読み進み、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」で私の村上春樹熱は最高潮に達したものの、「ノルウェイの森」で世の中が春樹ブームに沸くようになると一転、天の邪鬼な私はぱったりと村上作品を読まなくなった。
 とはいえ、村上作品に不満があったわけではないのでやはりそれとなく気になる。そうこうするうちに村上春樹はブームではなく、力量のある作家としての地位を確かなものにしてきた。
 という面倒な経緯を経て今回、「海辺のカフカ」を読むに至ったわけである。
「海辺のカフカ」では二つの異なる物語が同時進行する。家を飛び出し特に目的があるわけでもなく四国は高松市に流れ着いた15歳の少年「田村カフカ」。少年期の事故がきっかけでそれまでの記憶と(文字すら読めなくなってしまった)、ものを学ぶ能力を失い家具職人として細々と生きてきた老人ナカタさん。二人を主人公とする二つの物語は当然、四国は高松の地に収斂してゆく。
 しかし、私が物語の中でもっとも感情移入できたのはカフカ少年でもナカタさんでもなく、ナカタさんの旅を助けるうちに仕事を放り出してナカタさんに入れ込むに至ったトラック運転手のホシノ青年である。ものごとを深く考えることにも音楽にも文学にも全く興味がなかったホシノ青年がナカタさんとともに旅するうちに様々なきっかけから物事を深く考えるようになり、良い音楽、良い文学に目覚めてゆく。このこと自体は物語のメインストリームとは全く関係ないことではあるものの、読んでいて共感することができた。
これは、15歳にしては妙に賢く、できすぎたカフカ少年よりも私がホシノ青年に近いせいかもしれない。
 万人におすすめできる作品というわけではないものの、村上春樹ってやっぱり面白いと再認識できたし、これまでに読んできた村上作品の中でも結構上位に食い込んできた本作はやはりおすすめである。