三浦知良さん「やめないよ」を一気に読了。
先日のJリーグ選抜 vs 日本代表のチャリティーマッチで久々にカズダンスを見てしびれてしまった。
元来ヘソマガリなのでテレビで話題になった人の本などこれまで絶対に手に取ることはなかった。
しかし、仕事でも陰々滅々、趣味のゴルフもふるわず、もうなんだか人生、どうでもいいやって感じで、自分が今後どの方向に進めばいいのかわからず、どこに軸足を置けばいいのかわからず、自分の今までは何だったんだと思うだけの毎日。
とにかく何か元気が出るようなきっかけが欲しかった。
ついでに、ではなく、自ら書店に足を運んで本書を買ってきたわけで、我ながらよほど元気が欲しいのだなぁ、とつくづく感じる。
一気に読了、というだけあって、今の私にはカズさんの言葉の一つ一つがズンと心に響いてきた。Jリーグ草創期にヒーローだったカズさんを私はそれほど好きではなかった。
特に理由があったわけではないけれど、同年代でありながら時代の寵児であったカズさんに対して身の程知らずにも嫉妬心を抱いていたというのが正直なところだろう。
その後、多くの人がご存じのように、カズさんはフランスW杯の代表から漏れてしまう。私も含めて「カズの時代も終わりか」と思った人は多いはず。実際、その後カズさんは一度も日本代表に返り咲いてはいない。
しかし、ここからがカズさんの真骨頂。スポットライトがあたろうが当たるまいが、関係ない。カズさんは常に全力での努力を怠らなかった。
誰もが、選手としてのピークは過ぎたと見なしてもそんなことにはお構いなし。
過去の栄光にも全く興味はない。その気になれば引退して楽に優雅に暮らすことも出来るにもかかわらず。
周りの評判や評価がどうであろうと、常に90分、フルに走り続けられる体を維持し続ける。
「サッカーが好きだから。」、「いつまでも現役のプレーヤーでいたいから。」、文字にしてしまえば簡単そうに見えるが、自分の好きを貫くためにカズさんが行っている努力は並大抵ではないことが本書を読めばよくわかる。
あとがきでカズさんはこう書いている。
「この二月で僕は44歳になる。本書のプロローグにも書いたけれど、自分の中では、サッカー生活に終止符を打つ気持ちはさらさらない。サッカーを続けるために身体のケアもやめないし、練習もやめないし、試合出場への意欲も捨てない。『やめないよ』は、そんな僕の決意の表れでもあるわけだ。」
僕はこのタンカにシビれた。
僕の悩みは他人から見れば小さいモノかもしれないが、自分の中ではどうしようもなく持てあますほど大きく、重い。
本書を読んだからといって一気に雲散霧消はしない。
でも、同年代のカズさんのこのかっこよさはどうだろう。
及ばずながら僕も少しは前に進めるよう頑張ってゆきたいものだ。
本書の言葉を借りるなら、
「考え、悩め。でも前へ出ろ。」
「失敗して、人生のレールを踏み外すときもある。そのときも、フラフラでもいいから止まるな。」
元気が欲しい人にお勧めです。
2011年4月4日月曜日
2011年2月10日木曜日
受け入れなくてはならないこと
「人は誰でも自分には自分が望んでいたほどの能力は無かったのだと認めなくてはならない時がくる。」
と、ある本に書いてあるのを読んだのは大学生の頃だったか。
それ以降、自分にもいつかそんな日が来るのだろうかと漠然と考えながらも、その日が来るまでは一生懸命に自分を磨こうと心に決めてやってきた。
しかし、どうやら自分にもそのときが来たと最近わかった。
「自分には自分が望んでいたほどの能力はなかった。」このことをしっかり受け入れられるようになるにはもう少し時間がかかりそうである。
超硬工具の再生という案件を担当して早三年。その間、テーマリーダーとして自分なりに努力邁進してきたが先日、事実上、リーダー職を解任された。
「解任された」とはいえ、正式にそう言い渡されたわけではなく、既成事実を積み上げるような形でリーダーとしての職務を取り上げられた格好である。
それだけに逆によけい辛いし、自力で自分の非力を認識しなくてはならないこととなった。
この案件が海のものとも山のものともわからない頃から担当し、技術的困難を乗り越え、周りの無理解にも負けずに頑張って、ある種の運や巡り合わせもあったが今では我が社の次世代を担う事業の候補と言われるまでになったことを考えれば、半ば締め出されるような形での解任は感情的にはとても受け入れ難い。しかも、私を解任した今の上司はこの案件の草創期に「どうせ(技術的に)できっこないんだからさっさと止めてしまえ」とこの案件を目の敵にしてきた人であることを考えれば、この事実を受け入れるには相当な時間と克己心が必要だと思う。
しかし、このような(リーダー解任という)事態を自分の実力不足が招いたという事実、これは、真摯に受け止め無くてはならない。自分にはこの案件を担ってゆく実力がなかったのである。
テーマリーダーといっても正式な役職ではなく、管理職でもない。いわば各部署における内規的な扱いである。
とはいえ、リーダーになるというのは管理職になる手前の修行期間のようなモノで、キミはこの案件のテーマリーダーだ、と言われたときには本当に嬉しかったし、リーダーにふさわしい立派な成果を挙げたいと強く思ったモノだ。
私が勤務する開発センターでは朝の設備の起動、廃水処理設備のメンテナンス、等々の作業を当番を決めて回り持ちで担当することになっているが、リーダー以上はこれを免除される。
そういう意味でもリーダーになったときはやはり率直に嬉しかった。
実力不足ならそれでもいい。組織上、管理職が各案件を管理するように運用を変えたのならそれでもいい。いずれにしても私が文句を言う筋合いの話ではない。
ただ、キチンと事情を説明して欲しかった。
こんな経緯もあってなかなか事態を受け入れられない日々が続いているが、まずは設備立ち上げ等々の当番に自分も改めて加えてもらうよう、今日当番編成の人に、お願いした。
既成事実を積み上げることで、事態を受け入れられるようにしようという苦肉の作戦である。
それと同時に、また一からやり直そうという素直な気持ちもある。
私も今年の6月で43歳。もはや今から管理職になれるとはさすがに考えていない。
(今から再度頑張っていつかは管理職に!なんて、考えただけでウンザリだし。)
ただ本当に初心に戻ろう、いつの間にか芽生えた慢心を心から叩き出そうという気持ちである。
思えば何度かの転職を経て今の職場にたどり着いた5年前、当時37歳の私は早く職場の戦力になりたい一心で朝の設備立ち上げに励んだモノである。
当時は今のような当番制ではなく、朝一番に会社に来た人が設備を立ち上げるという不文律があったのみだった。誰から強制されたわけでもなく、何の慢心も野心もなく、ただ無心に雨の日も風の日も、猛暑の夏も極寒の冬も、これが自分の役割と、一人で設備立ち上げを続けた。
自分より若手の連中が始業時間ギリギリに出勤してきて、設備立ち上げをやるそぶりさえ見せなくても何にも気にならなかった。オレはオレがやるべき事をやっている、という純な気持ちだった。
解任の経緯はともかく、このような事態に至った直接の原因は自分の力不足である。これは率直に認めなくてはならない事実である。
まあ、言葉で言うほどこれは簡単なことではない。「自分には自分が望んでいたほどの能力はなかった」。この厳しい現実を、43歳になろうかという今の時期に、心底から受け入れられるようになるには今しばらく時間がかかるだろうな...。
と、ある本に書いてあるのを読んだのは大学生の頃だったか。
それ以降、自分にもいつかそんな日が来るのだろうかと漠然と考えながらも、その日が来るまでは一生懸命に自分を磨こうと心に決めてやってきた。
しかし、どうやら自分にもそのときが来たと最近わかった。
「自分には自分が望んでいたほどの能力はなかった。」このことをしっかり受け入れられるようになるにはもう少し時間がかかりそうである。
超硬工具の再生という案件を担当して早三年。その間、テーマリーダーとして自分なりに努力邁進してきたが先日、事実上、リーダー職を解任された。
「解任された」とはいえ、正式にそう言い渡されたわけではなく、既成事実を積み上げるような形でリーダーとしての職務を取り上げられた格好である。
それだけに逆によけい辛いし、自力で自分の非力を認識しなくてはならないこととなった。
この案件が海のものとも山のものともわからない頃から担当し、技術的困難を乗り越え、周りの無理解にも負けずに頑張って、ある種の運や巡り合わせもあったが今では我が社の次世代を担う事業の候補と言われるまでになったことを考えれば、半ば締め出されるような形での解任は感情的にはとても受け入れ難い。しかも、私を解任した今の上司はこの案件の草創期に「どうせ(技術的に)できっこないんだからさっさと止めてしまえ」とこの案件を目の敵にしてきた人であることを考えれば、この事実を受け入れるには相当な時間と克己心が必要だと思う。
しかし、このような(リーダー解任という)事態を自分の実力不足が招いたという事実、これは、真摯に受け止め無くてはならない。自分にはこの案件を担ってゆく実力がなかったのである。
テーマリーダーといっても正式な役職ではなく、管理職でもない。いわば各部署における内規的な扱いである。
とはいえ、リーダーになるというのは管理職になる手前の修行期間のようなモノで、キミはこの案件のテーマリーダーだ、と言われたときには本当に嬉しかったし、リーダーにふさわしい立派な成果を挙げたいと強く思ったモノだ。
私が勤務する開発センターでは朝の設備の起動、廃水処理設備のメンテナンス、等々の作業を当番を決めて回り持ちで担当することになっているが、リーダー以上はこれを免除される。
そういう意味でもリーダーになったときはやはり率直に嬉しかった。
実力不足ならそれでもいい。組織上、管理職が各案件を管理するように運用を変えたのならそれでもいい。いずれにしても私が文句を言う筋合いの話ではない。
ただ、キチンと事情を説明して欲しかった。
こんな経緯もあってなかなか事態を受け入れられない日々が続いているが、まずは設備立ち上げ等々の当番に自分も改めて加えてもらうよう、今日当番編成の人に、お願いした。
既成事実を積み上げることで、事態を受け入れられるようにしようという苦肉の作戦である。
それと同時に、また一からやり直そうという素直な気持ちもある。
私も今年の6月で43歳。もはや今から管理職になれるとはさすがに考えていない。
(今から再度頑張っていつかは管理職に!なんて、考えただけでウンザリだし。)
ただ本当に初心に戻ろう、いつの間にか芽生えた慢心を心から叩き出そうという気持ちである。
思えば何度かの転職を経て今の職場にたどり着いた5年前、当時37歳の私は早く職場の戦力になりたい一心で朝の設備立ち上げに励んだモノである。
当時は今のような当番制ではなく、朝一番に会社に来た人が設備を立ち上げるという不文律があったのみだった。誰から強制されたわけでもなく、何の慢心も野心もなく、ただ無心に雨の日も風の日も、猛暑の夏も極寒の冬も、これが自分の役割と、一人で設備立ち上げを続けた。
自分より若手の連中が始業時間ギリギリに出勤してきて、設備立ち上げをやるそぶりさえ見せなくても何にも気にならなかった。オレはオレがやるべき事をやっている、という純な気持ちだった。
解任の経緯はともかく、このような事態に至った直接の原因は自分の力不足である。これは率直に認めなくてはならない事実である。
まあ、言葉で言うほどこれは簡単なことではない。「自分には自分が望んでいたほどの能力はなかった」。この厳しい現実を、43歳になろうかという今の時期に、心底から受け入れられるようになるには今しばらく時間がかかるだろうな...。
2011年2月5日土曜日
備忘録
今日、ゴルフの練習に行って感じたことを忘れないうちに書いておきます。
色々と試した結果、ゴルフのスイングにおいて以下の四点は特に重要との結論に至りました。
①グリップはユルユルが大事。出来れば腕と肩もユルユル。
②ゆっくり上げて、ゆっくり下ろす。
③ボールから目を離さない。
④コースの芝の上にあるボールを丁寧に打つイメージを忘れない。
この4つはどれも大変重要で、どれか一つ欠けてもダメ。
ドライバーショットの場合、もう一つ追加で、
⑤トップでの右手の角度をなるべく保ったまま下ろす。
というのもあるのですが、これは今の段階では①、②となかなか両立できないので保留にしています。
④はちょっとわかりにくいかもしれませんが、コースの芝の上にあるボールを打つとき、私は実に慎重に打ちます(まあ、誰でもそうだとは思いますが...)。
ボールから目を離さないように、ゆっくり上げてゆっくり下ろす素振りを二回、その後、ユルユルグリップで握り、アドレスし、左右交互に足踏みしながらゆっくりとワッグル。それからボールを打った後のディボットまで見るつもりでゆっくりと打つ。
練習場ではとかく打ち急ぎがちですが、こんな時こそコースでの慎重さを思い出すワケです。
④はコースでの痛い経験の結果、一打でも無駄にしたくないという一念から(結果としては結構、ムダが多いのですが...)得た教訓です。この痛い教訓を練習場でも忘れないというのが大事だと思います。
ゴルフのレッスン書を見るとグリップ、アドレスからフィニッシュに至るまで、微に入り細にわたってスイングの要諦が説明されていますが、良いスイングをするための「真の注意事項」は実はそれほど多くないのでは?と最近は思っています。
たとえば、スイング中の体重移動ですが、これはキチンとしたスイングが出来た「結果」だと私は考えています。よいスイングが出来た結果として体重移動もキチンと出来た。
「ボディーターン」も、「ヘッド・ビハインド・ザ・ボール」も、「バランスの良いフィニッシュ」も良いスイングの「結果」だと思います。
「よいスイング」、「キチンとしたスイング」の定義はとりあえずおいといて、「良いスイングを作るために欠かせないエッセンス」と「良いスイングに伴う結果」を切り分けて、良いスイングの結果の事はとりあえず頭から外す。そして、チェック項目をなるべく少なくしてゆくことが大切だと考えます。
私の場合はそのエッセンスが上記の四項目+一項目というわけ。
ゴルフのスイングはアドレスして、クラブを上げて下ろして、フィニッシュまで二秒程度。この短い時間に十も二十もの注意事項を頭に思い浮かべていたのでは混乱して体が動きません。
特に私のようなヘタクソは注意事項を絞ってそれに集中して練習した方がよいと思うのです。
このエッセンスの結果がスコアに反映されたら言うこと無いんですけどね...。
色々と試した結果、ゴルフのスイングにおいて以下の四点は特に重要との結論に至りました。
①グリップはユルユルが大事。出来れば腕と肩もユルユル。
②ゆっくり上げて、ゆっくり下ろす。
③ボールから目を離さない。
④コースの芝の上にあるボールを丁寧に打つイメージを忘れない。
この4つはどれも大変重要で、どれか一つ欠けてもダメ。
ドライバーショットの場合、もう一つ追加で、
⑤トップでの右手の角度をなるべく保ったまま下ろす。
というのもあるのですが、これは今の段階では①、②となかなか両立できないので保留にしています。
④はちょっとわかりにくいかもしれませんが、コースの芝の上にあるボールを打つとき、私は実に慎重に打ちます(まあ、誰でもそうだとは思いますが...)。
ボールから目を離さないように、ゆっくり上げてゆっくり下ろす素振りを二回、その後、ユルユルグリップで握り、アドレスし、左右交互に足踏みしながらゆっくりとワッグル。それからボールを打った後のディボットまで見るつもりでゆっくりと打つ。
練習場ではとかく打ち急ぎがちですが、こんな時こそコースでの慎重さを思い出すワケです。
④はコースでの痛い経験の結果、一打でも無駄にしたくないという一念から(結果としては結構、ムダが多いのですが...)得た教訓です。この痛い教訓を練習場でも忘れないというのが大事だと思います。
ゴルフのレッスン書を見るとグリップ、アドレスからフィニッシュに至るまで、微に入り細にわたってスイングの要諦が説明されていますが、良いスイングをするための「真の注意事項」は実はそれほど多くないのでは?と最近は思っています。
たとえば、スイング中の体重移動ですが、これはキチンとしたスイングが出来た「結果」だと私は考えています。よいスイングが出来た結果として体重移動もキチンと出来た。
「ボディーターン」も、「ヘッド・ビハインド・ザ・ボール」も、「バランスの良いフィニッシュ」も良いスイングの「結果」だと思います。
「よいスイング」、「キチンとしたスイング」の定義はとりあえずおいといて、「良いスイングを作るために欠かせないエッセンス」と「良いスイングに伴う結果」を切り分けて、良いスイングの結果の事はとりあえず頭から外す。そして、チェック項目をなるべく少なくしてゆくことが大切だと考えます。
私の場合はそのエッセンスが上記の四項目+一項目というわけ。
ゴルフのスイングはアドレスして、クラブを上げて下ろして、フィニッシュまで二秒程度。この短い時間に十も二十もの注意事項を頭に思い浮かべていたのでは混乱して体が動きません。
特に私のようなヘタクソは注意事項を絞ってそれに集中して練習した方がよいと思うのです。
このエッセンスの結果がスコアに反映されたら言うこと無いんですけどね...。
2011年1月25日火曜日
E-アイアンのこと
ゴルフの練習において素振りは重要ということに異論を唱える人は少ない。但し、庭付き一戸建てに住んでいる人以外はなかなか実行しにくい。
マンション住まいの私が素振りをしようとするとどうなるか。身近なところでまず考えつくのはマンションの駐車場であるが、こんなところでクラブを振り回していればすぐに苦情がくる。
では、近所の公園は、となるがたいていの公園は野球、ゴルフ禁止であり、素振りも禁止対象である。ブンブン振り回していたら、下手したら警察に通報される可能性も充分考えられる。
たとえ禁止されていなかったとしても、人がいる場所での素振りは大変危険である。ずいぶん昔の話であるが、道ばたでドライバーの素振りをしていたらヘッドが外れて飛んで行き、たまたま通りかかった近所の人を直撃。当たった人が亡くなるという事故が実際に起きている。
そんなわけで、素振りを練習に取り入れるのは想像以上に難しい。
ちょっと発想を変えて、家の中で素振りは出来ないだろうか?と考えてWebで色々探してたどり着いたのがE-アイアン。
6番アイアン相当の重量とロフト角ながら、長さは25インチ(約63.5cm)と、ごく短い。この長さなら室内であっても何とか練習スペースを確保できる。とはいえ、振るときは子供たちに「近寄って来ちゃダメー!」と注意を促す事は欠かせない。
本品は江連忠プロ考案の練習器具で、練習方法を解説したDVDが付属している。
使い方はこのDVDで解説されているが、実際のところ、私は単純に振るだけ。一日に30回程度を目安にしている。
このE-アイアンの良いところはグリップがしっかりしていることと、適度な重さがあること。ある程度の重さがあるクラブを正しいグリップで握って振るという練習は結構重要だと思う。
また、正しいグリップを身につけるには素振りが最適である。ボールを目の前にするとどうしても「ボールを打つ」事に関心が向き、グリップはおろそかになりがちである。
で、肝心の効果の方は、まだスコアには反映されていないものの、なんか腹回りが引き締まってきた感じ。成果が出るのはもうすぐ?
マンション住まいの私が素振りをしようとするとどうなるか。身近なところでまず考えつくのはマンションの駐車場であるが、こんなところでクラブを振り回していればすぐに苦情がくる。
では、近所の公園は、となるがたいていの公園は野球、ゴルフ禁止であり、素振りも禁止対象である。ブンブン振り回していたら、下手したら警察に通報される可能性も充分考えられる。
たとえ禁止されていなかったとしても、人がいる場所での素振りは大変危険である。ずいぶん昔の話であるが、道ばたでドライバーの素振りをしていたらヘッドが外れて飛んで行き、たまたま通りかかった近所の人を直撃。当たった人が亡くなるという事故が実際に起きている。
そんなわけで、素振りを練習に取り入れるのは想像以上に難しい。
ちょっと発想を変えて、家の中で素振りは出来ないだろうか?と考えてWebで色々探してたどり着いたのがE-アイアン。
6番アイアン相当の重量とロフト角ながら、長さは25インチ(約63.5cm)と、ごく短い。この長さなら室内であっても何とか練習スペースを確保できる。とはいえ、振るときは子供たちに「近寄って来ちゃダメー!」と注意を促す事は欠かせない。
本品は江連忠プロ考案の練習器具で、練習方法を解説したDVDが付属している。
使い方はこのDVDで解説されているが、実際のところ、私は単純に振るだけ。一日に30回程度を目安にしている。
このE-アイアンの良いところはグリップがしっかりしていることと、適度な重さがあること。ある程度の重さがあるクラブを正しいグリップで握って振るという練習は結構重要だと思う。
また、正しいグリップを身につけるには素振りが最適である。ボールを目の前にするとどうしても「ボールを打つ」事に関心が向き、グリップはおろそかになりがちである。
で、肝心の効果の方は、まだスコアには反映されていないものの、なんか腹回りが引き締まってきた感じ。成果が出るのはもうすぐ?
2011年1月24日月曜日
やっぱり月曜日はイヤだなぁ
月曜日で、寒くて、どんより曇っているという状況にもよるのかもしれないが、やはり朝の気分の重さは格別だ。
おきてすぐに頭の中に悪いことが( 結構先々のことまで先取りして)ワーッと一度に思い浮かんで、何もかもがイヤになってしまう。
とはいえ、会社に行かないわけにもゆかず、子供たちも起こさなくてはならないので勢いを付けて何とかフトンから脱する。
起きて、着替えて、朝食を摂って、...というふうに体を動かすことでとにかく惰性で何とか頑張る。
会社に行けば行ったで、年下の管理職からナマイキな口をきかれたりと、ここはここでいやなことがやはり多い。
こういうことにもボチボチ慣れてゆかなくてはと思うものの、なかなかね。
精神的にしんどいと愛想笑いも引きつってしまうワケです。
おきてすぐに頭の中に悪いことが(
とはいえ、会社に行かないわけにもゆかず、子供たちも起こさなくてはならないので勢いを付けて何とかフトンから脱する。
起きて、着替えて、朝食を摂って、...というふうに体を動かすことでとにかく惰性で何とか頑張る。
会社に行けば行ったで、年下の管理職からナマイキな口をきかれたりと、ここはここでいやなことがやはり多い。
こういうことにもボチボチ慣れてゆかなくてはと思うものの、なかなかね。
精神的にしんどいと愛想笑いも引きつってしまうワケです。
2011年1月23日日曜日
今年のオレは
26歳で社会人になって今年の4月で16年。今までは「仕事に役立つであろう」事を最優先に日々、自己研鑽を怠らなかった。しかし、今年からは「仕事のため」っていうのはもう止めようと思う。
仕事に仕事にってことを念頭に時にはあまり気が向かない勉強でも頑張ってきた。16年それを続けてきたが正直な話、収入も評価も16年前と殆ど変わっていない(ひょっとしたら、仕事上の実力も?)。
仕事での役立ち度という点でも「やっててよかった!」と思えたことはほとんどない。自分で気が付かないところで実は自分を支えているのかもしれないが、自己啓発という形で肩肘張って頑張ったことよりは仕事を通じて、あるいは仕事上で知り合った人たちを通じて学んだことの方がより大きく影響していることは間違いないと思う。
そもそも、勉強というのは面白いモノであり、ハラが減ったからメシを食うというのと同じくらい自然に、誰からも何からも強制されることなくやるのが本当である。
といったわけで、昨年からの続きでやっているモノはとりあえず最後まで(今年度中を目処に)終わらせ、今後は自分の興味の向くまま、気の向くまま、好きなことを学ぶつもりである。
仮に平均寿命、生きるとしてももう人生半ば、今後は気の進まないことをやっているヒマはない。
そんな訳で、今年最初の読書は「いっきに読める 世界の歴史」(鶴岡聡著 中経出版)である。
高校の社会科では世界史を履修していないので世界史を学ぶにあたり、何を読めばよいのか皆目わからなかったのでとりあえず書店に足を運び、現物をパラパラとめくりながら本書を選んだ次第。何せ初めてなので読み始めたものの、興味が失せて途中で止めちゃったというのは避けたいところ。
本書については、まだ半分くらいしか読んでいないが、まあ初心者には適当な内容と思われる。
唯一の難点は、読んでいる事項が歴史の時系列の中のどの辺に位置づけられるのかが直感的にわからない点か。時系列を示す横線の中に赤い点で「今読んでいるのはこの頃の話だよ!」っていう感じのガイドがあれば良かったのだが。
記述は平易で、大学生の女の子とゼミの教授の対話というかたちで語られるため気楽に読める。本書で大体の感じを掴んだ後に気になる地域の、気になる時代についてのより詳しい本にステップアップすればよいと思う。
「で、なんで世界史?」と聞かれたら、「興味がわいたから。」と答えるしかないなあ…。
仕事に仕事にってことを念頭に時にはあまり気が向かない勉強でも頑張ってきた。16年それを続けてきたが正直な話、収入も評価も16年前と殆ど変わっていない(ひょっとしたら、仕事上の実力も?)。
仕事での役立ち度という点でも「やっててよかった!」と思えたことはほとんどない。自分で気が付かないところで実は自分を支えているのかもしれないが、自己啓発という形で肩肘張って頑張ったことよりは仕事を通じて、あるいは仕事上で知り合った人たちを通じて学んだことの方がより大きく影響していることは間違いないと思う。
そもそも、勉強というのは面白いモノであり、ハラが減ったからメシを食うというのと同じくらい自然に、誰からも何からも強制されることなくやるのが本当である。
といったわけで、昨年からの続きでやっているモノはとりあえず最後まで(今年度中を目処に)終わらせ、今後は自分の興味の向くまま、気の向くまま、好きなことを学ぶつもりである。
仮に平均寿命、生きるとしてももう人生半ば、今後は気の進まないことをやっているヒマはない。
そんな訳で、今年最初の読書は「いっきに読める 世界の歴史」(鶴岡聡著 中経出版)である。
高校の社会科では世界史を履修していないので世界史を学ぶにあたり、何を読めばよいのか皆目わからなかったのでとりあえず書店に足を運び、現物をパラパラとめくりながら本書を選んだ次第。何せ初めてなので読み始めたものの、興味が失せて途中で止めちゃったというのは避けたいところ。
本書については、まだ半分くらいしか読んでいないが、まあ初心者には適当な内容と思われる。
唯一の難点は、読んでいる事項が歴史の時系列の中のどの辺に位置づけられるのかが直感的にわからない点か。時系列を示す横線の中に赤い点で「今読んでいるのはこの頃の話だよ!」っていう感じのガイドがあれば良かったのだが。
記述は平易で、大学生の女の子とゼミの教授の対話というかたちで語られるため気楽に読める。本書で大体の感じを掴んだ後に気になる地域の、気になる時代についてのより詳しい本にステップアップすればよいと思う。
「で、なんで世界史?」と聞かれたら、「興味がわいたから。」と答えるしかないなあ…。
2011年1月20日木曜日
気分重し
年明け以後、朝起きるのが辛い。
数年来担当してきた検討案件が昨年末あたりから失速(需要が以前の見通しほど見込まれない)し、年明け最初の月例報告会で社長から手ひどく詰問されたあたりから私の元気も急激に下降気味。
朝、目が覚めてもなかなかフトンから出られず、エイヤッと勢いをつけてようやく動き出す感じ。検討計画をどんなに入念に立案しても、測定結果をどれほど念入りに詳細に解析しても全て空回りで、なんとなく水飴の中で必死に泳いでいるような徒労感。
数年来担当してきた検討案件が昨年末あたりから失速(需要が以前の見通しほど見込まれない)し、年明け最初の月例報告会で社長から手ひどく詰問されたあたりから私の元気も急激に下降気味。
朝、目が覚めてもなかなかフトンから出られず、エイヤッと勢いをつけてようやく動き出す感じ。検討計画をどんなに入念に立案しても、測定結果をどれほど念入りに詳細に解析しても全て空回りで、なんとなく水飴の中で必死に泳いでいるような徒労感。
2011年1月5日水曜日
今年も始まったぞ~
年末年始は慌ただしく過ぎ去り、2011年が始まりました。昨日の仕事始めは慣らし運転だったものの、今日から早くもフル運転状態。
とはいえ、今担当している仕事の前途は多難で、今年もどうなる事やら。
今年は(昨年も心に決めたのですが、)ブログの更新を頑張ってゆきたいと思います。
ネタはやはり、読書とゴルフが中心になるでしょう。
読書については、近年、科学関係のノンフィクションを読むことが多かったのですが、この傾向は今年も続いてゆくと考えます。ただ、新しいものにチャレンジするよりはこれまで読んだものを再読してゆきたいと思っています。
また、小説も面白そうな作品には積極的に手を出してゆきたいと思います。
ゴルフはレッスン書やレッスンDVDに頼らず自分の体と頭をフル活用してスコアアップしてゆきたいと考えています。数字的な目標は(控えめに…)「100になるべく近づく」にします。
スコアもさることながら、マナーよくということと、スコアが崩れても最後までプレーを投げない事を重視してゆきます。
といった感じで、今年もよろしくお願いします。
とはいえ、今担当している仕事の前途は多難で、今年もどうなる事やら。
今年は(昨年も心に決めたのですが、)ブログの更新を頑張ってゆきたいと思います。
ネタはやはり、読書とゴルフが中心になるでしょう。
読書については、近年、科学関係のノンフィクションを読むことが多かったのですが、この傾向は今年も続いてゆくと考えます。ただ、新しいものにチャレンジするよりはこれまで読んだものを再読してゆきたいと思っています。
また、小説も面白そうな作品には積極的に手を出してゆきたいと思います。
ゴルフはレッスン書やレッスンDVDに頼らず自分の体と頭をフル活用してスコアアップしてゆきたいと考えています。数字的な目標は(控えめに…)「100になるべく近づく」にします。
スコアもさることながら、マナーよくということと、スコアが崩れても最後までプレーを投げない事を重視してゆきます。
といった感じで、今年もよろしくお願いします。
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