本の紹介をするとき、これから読む人の興を削ぐことにならないように、内容についてはあまり触れないようにしています。今回もそうします。
「海辺のカフカ」を読んだときにもそうだったのですが、読後、全ての謎がすっきりと解けた訳では有りませんでした。物語の中には様々な人々、様々なエピソードが出てきて、ぐぐぅーっと引き込まれるのですが、全ての登場人物、全てのエピソードにキッチリとオチが付くわけではなく謎は謎として残る部分もある。
推理小説ではないのでそれはそれでよいと思います。
1~3部の文庫を積み重ねるとまあまあ結構な厚さです。しかし、読み始めるとULVACの真空ポンプのような吸引力で読者を作中世界に引っ張り込み、最後の1ページまで目が離せない。結論から言えば、とても面白く読むことができました。
小川糸さんの「食堂かたつむり」は本当に完成度が高く、最初から最後までどこにも瑕疵がない、故に読者は何の心配もせず物語の世界に身を委ねることが出来る、そんな感じの作品でした。私がこれまで読んだ小説のベストテンを挙げるとすれば間違いなく入ってくる傑作です。
反対に「ねじまき鳥 クロニクル」はある意味、付け入る隙(?)はたくさんあると思います。クミコはどのように”損なわれて”主人公の前から姿を消したのか、加納クレタ・加納マルタ姉妹はその後どうなったのか、綿谷ノボルとは結局何者だったのか、飼い猫のサワラの役割も何やら重要そうではあったモノのいまひとつ不鮮明、平々凡々たる人生を歩んできた主人公はなぜこれほど大きな運命の変転に巻き込まれることになったのか、そして何より、結局「ねじまき鳥」って何だったのよー?などなど。これらの細部に関するはっきりとした結論づけはなされないまま物語は終わってしまう。
にもかかわらず、読者をぐいーっと引っ張り込み最後まで離さず、読後も「おおーっ、読んだー!」と納得させてしまう村上春樹の力量。「ねじまき鳥 クロニクル」、「海辺のカフカ」、いずれもやはり私の中ではベストテン入り必至の傑作なのです。
細かな分析は書評家の方々に任せておくとして、村上春樹作品の魅力というか特徴は「現実と非現実のシームレスな共存」かな、と個人的には思っています。古くは「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」の三部作から近作までこの点はあまり変わっていないように思えます。
娯楽として小説を読むのだからいっとき日常を忘れたいよね、でもあんまり非現実的だと興ざめするよね、という贅沢な要求に村上作品は苦もなく応えてしまう。
日常起こりうる出来事を淡々と積み重ねつつ読者に感動を与える「食堂かたつむり」、日常と非日常を巧みに織り交ぜ、多少の不可思議を残しつつ読者に満足を与える村上作品。方向性は違うけれどもどちらも大好きです。